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ミンス記

奨学金とネットワークビジネスによる借金250万円があるけど、生きる。

会社を辞めるに至った経緯と、これからのこと

誰かの為に生きる という思いを込めた旗を抱き

拾ってきた笑顔の中に 自分の笑顔だけ見当たらない

 

 

BUMP OF CHICKENのfire signの冒頭の歌詞なんですが、今日ふと思い立ってこの曲を聴いていたら、この歌詞がずしんと腑に落ちた感じがしました。

 

会社員の時は、お客さんのため、チームのため、後輩のため、誰かの為に、別に誰に強制されたわけでもなく勝手にひとりでがんばってたんですね。

いろんなビジネス本や成功本に書いてありますが、「他人を幸せにすることが、自分が幸せを得る一番の方法だ」という思想って、けっこう一般的だと思います。

誰かのために、誰かのために、って一生懸命やってたつもりではあるんですが、でもなんだかつらくなっていくばっかりだったんです。

残業もしたし、休日もひとりで出勤したり、ぜんぜん別の部署の仕事を進んで引き受けたりもした。(ちなみに、みなし残業制で、残業代は一切出ない会社でした)

給料が上がる見込みがなくても、「お金のためじゃない、社会のために頑張ってるんだ。それが結局は自分のためになるんだ。」って、信じて疑いませんでした。

仕事自体も、正直そんなに嫌いではなかったし、プロジェクトのスケールも大きく、自分の業務がそのまま社会のためになるような実感もあった。ただ、プレッシャーはけっこう強かった。そのうえ、見栄っ張りな性格が災いして、上司に助けを求めたりもあまりできなかった。

少しずつ周りの評価が上がっていくにつれて、成果が下がったら恥ずかしい、もっとがんばろう!と見栄っ張りをどんどん加速させていきました。

 

結果として、自分の時間はどんどんなくなっていくし、体調は悪くなっていくし、食生活も荒れていくしで、今思えば、ほんとに命を削ってるような感覚。

だんだんトイレで食べたものを吐くようになってきました。さらに頭痛も治らなくなってきた。

 

駅のホームに立っていた時、「このまま飛び降りたら楽になるなぁ」という思いがよぎったときに、もうこれはだめだと正気になって精神科に行きました。適応障害の診断書をもらってきて休職しました。会社に連絡するのは、申し訳なさと情けなさでいっぱいでしたが、もうそんなこと考えている状態じゃないと思いました。

 

「誰かのために」という想いは、すごく大事だと思います。僕は独身ですが、家族がいたらなおさらがんばらなきゃって思うかもしれない。

 

でも、それが自己犠牲的な性格を帯びてきて、自分が苦しんでいる声を無視し続けると、どこかで必ず壊れてしまう。

そもそも、その「誰かのためにがんばるのが善」という思い込みは、自分が納得して出した答えではなく、誰かが言っていたことをそのまま信じていただけだった。

「誰かのためにがんばってる自分かっこいい」みたいな、自己陶酔の気持ちもあって、余計にめんどくさいことになっていたと思います。いや、今思えば本当はその自己陶酔が一番強かったのかもしれない。

 

旅立つ人よ その行く先を

照らす明かりは 君の中に

 

だから、これからは、誰かが言ったことではなく、本に書いてあったことではなく、自分が正しいと思ったことを行動に換えて、自分の言葉にしていくしかないと思うんです。答えは、自分の中にしかないのかもしれません。

 

そんなことを思った無職の昼下がりでした。

 

とりあえずバイトを探します!(笑)